
あの業務はあの人にしか分からない、あの書類は探さないと出てこない。多くの会社で日常になっているこの状態は、担当者が休んだ日や退職を申し出た日に、突然経営の問題として姿を現します。ベテランの頭の中にある判断基準を、どう会社の資産に変えていくか。製造業や建設業の経営者・管理職の方から、私たちOptUpが最も多くご相談いただくテーマの一つです。
近年は、属人化の解消にAIを使えないかというご相談も増えました。結論を先に書くと、AIは属人化解消の有力な道具になり得ますが、順番があります。情報と手順の仕組み化が先で、AIはその後です。本稿では、なぜその順番になるのかを、公開されている建設業の好事例と、受発注業務を30名から10名体制に変えた私たちの支援実例を挙げながら整理し、最後に自社で始めるための手順をまとめます。
属人化には2つの層がある
対策を考える前に、属人化という言葉を2つに分けておくと、打ち手がはっきりします。
| 層 | 状態 | よくある症状 |
|---|---|---|
| 情報の属人化 | 必要な情報のありかを特定の人しか知らない | あの書類どこ、と聞かないと仕事が進まない。見積もりは担当者のパソコンの中、経緯はチャットの奥 |
| 判断の属人化 | 仕事の進め方・判断基準が特定の人の頭の中にしかない | ベテランでないと見積もりが引けない、トラブル対応ができない。教え方が拠点や上司ごとに違う |
この2つは混ざって語られがちですが、性質が異なります。情報の属人化は、情報の置き場所と見せ方を設計し直せば比較的早く解消に向かう一方、判断の属人化は、暗黙知を言語化するという地道な作業を避けて通れません。そして多くの会社が困っているのは、この2つが絡み合った状態です。情報が散らかっているから判断の背景を追えず、判断が言語化されていないから情報を整理する基準もない、という循環に入っています。
ツールを入れるだけでは解けない理由
属人化の解消についてインターネットで検索すると、ナレッジ共有ツールやAIチャットボットの紹介記事が数多く見つかります。ツールが役立つこと自体は事実ですが、私たちは、ツールの導入を出発点に置くことには慎重です。理由は2つあります。
第一に、入れ物を用意しても、何をどこにどう置くかの設計がなければ、情報は再び散らかるからです。マニュアルを作ったのに使われなかった、という経験をお持ちの会社は少なくないはずです。多くの場合、原因はマニュアルの出来ではなく、それが日常業務の動線から外れた場所に置かれていることにあります。仕事の流れの中で自然に開かれ、自然に書き足される場所になっていなければ、どれほど立派な文書も更新が止まり、実態とずれ、やがて誰も見なくなります。
第二に、AIに関して言えば、AIの回答品質は参照する情報の品質に依存するからです。情報が散らかり、判断基準が言語化されていない状態でAIを導入しても、AIが参照すべき正しい情報が存在しないため、期待した答えは返ってきません。私たちは1本目の記事で、人に引き継げない業務はAIにも引き継げない、という自社の経験を書きましたが、属人化の文脈でも同じことが成り立ちます。AIは、仕組み化の代わりをしてくれる魔法ではなく、仕組み化された業務の上で速く正確に働く道具です。
実際、私たちがご相談の場でよく伺うつまずきは、次の3つの型に集約されます。
| つまずきの型 | 起きること | 背景にあるもの |
|---|---|---|
| ツール先行 | 新しいツールを入れたが、情報の散らかり方が変わっただけで探す時間は減らない | 何をどこに置き、誰がいつ更新するかという設計の不在 |
| マニュアル作成の目的化 | 立派なマニュアルが完成した後、更新されず実態とずれていく | 日常業務の動線から外れた置き場所。作ることがゴールになっている |
| 一部の人だけが使う | 記録や入力が特定の人の義務になり、形骸化する | 記録する側の負担に対する設計不足。使う人と書く人の分離 |
いずれも、ツールや文書そのものの良し悪しではなく、業務の流れの中にどう組み込むかという運用設計の問題です。裏を返せば、この設計こそが仕組み化の本体だと言えます。では、それは具体的に何をすることなのか。実例を2つ見ていきます。
実例1: 情報の属人化を解いた、電気工事会社の会社の地図
1つ目は、世の中に公開されている好事例です。名古屋の電気工事会社である株式会社青電社は、社内の情報散在に向き合った取り組みを自社のnoteで発信しています(電気工事会社がNotionで「会社の地図」をつくった話)。
記事によれば、同社では見積もりは担当者のパソコンの中、現場の進捗はチャットの履歴の奥、社内ルールは紙のファイルと情報が散らばり、書類のありかを尋ねる声が会議のたびに上がっていたそうです。そこで同社は、Notionというツールの上に、社内の情報を一望できるポータルを構築しました。お知らせ、議事録、見積もり依頼の進捗、進行中の全工事の状態、車両や経費のマニュアルまでを一箇所に集約し、社員がまず開く場所を作ったのです。同社はこれを会社の地図と呼んでいます。
続編の記事(複数の現場を「見える化」する)では、数十件の同時進行する工事案件を、工期や担当者、書類の作成状況、関連する議事録まで紐づけて一覧できる仕組みが紹介されています。工期が迫った現場は自動で色が変わるため、担当者に聞かなくても状況が見えます。その結果、確認のための電話が減り、現場の仕事に集中できる時間が増えたと述べられています。
この事例で注目したいのは、ツールの選定よりも設計の考え方です。情報を一箇所に集めるだけでなく、業務の入口となる場所を定め、仕事の流れの中で情報が自然に紐づき、蓄積される構造を作っています。書類のありかを尋ねる声が、ここに載せてほしいという声に変わったという同社の記述は、仕組みが日常の動線に入った状態をよく表しています。情報の属人化の解消とは、まさにこの状態を作ることです。
実例2: 判断の属人化を解いた、受発注業務の30名から10名へ
2つ目は、私たちが支援した実例です。年商50億円規模、社員300名ほどのファブレスメーカーで、受発注業務の改善に取り組みました。
このお客様の受発注業務は、約30名で回っていました。人数が多いこと自体が問題なのではありません。問題は、担当者ごとにやり方が異なり、判断の基準が個人の経験に埋め込まれていたことです。同じ発注でも、誰が担当するかで手順も判断も変わり、新しく入った人は先輩のやり方を見て覚えるほかない状態でした。
私たちが行ったのは、業務プロセスの棚卸しと再設計です。全員のやり方を並べて共通部分と差分を洗い出し、判断が分かれるポイントについては、なぜそう判断するのかをベテランに言語化してもらい、標準の手順と判断基準に落とし込みました。
言語化が進むと、もう一つの重要なことが可能になります。従業員でなければできない仕事と、そうでない仕事の線引きです。このお客様では、標準化によって手順が明確になった業務を、派遣スタッフをはじめとする社員より人件費の低い体制へ移管し、担当を外れた従業員は別部署への異動まで含めて再配置しました。社員が担うのは、派遣メンバーのマネジメント、標準化しきれない判断業務、そして緊急時の対応という、従業員にしか任せられない仕事に絞られています。その結果、社員一人が複数の取引先を見られるようになり、受発注業務は10名の体制で回るようになりました。一人あたりの生産性は3倍です。
この実例で強調したいのは、成果を生んだのが単純な人減らしではなく、判断の言語化とそれに基づく業務の仕分けだったことです。個人の経験に埋め込まれていた判断が標準になったからこそ、業務を安心して手放せるようになり、高い専門性を持つ社員の時間を、判断とマネジメントという本来の仕事に集中させることができました。そして、こうして言語化された手順と判断基準は、次の段階でAIに業務を任せるための土台にもなります。このお客様で移管した先は人でしたが、手順書が書けた業務は、人にもAIにも引き継げるのです。
AIの出番は、仕組み化の後にやってくる
2つの実例を、冒頭の2つの層に重ねると次のように整理できます。
| 層 | 実例 | やったこと | AIとの関係 |
|---|---|---|---|
| 情報の属人化 | 電気工事会社の会社の地図 | 情報の置き場所と動線の設計 | 整理された情報は、AIが参照できる知識になる |
| 判断の属人化 | 受発注業務の30名から10名 | 判断基準の言語化と、従業員にしかできない仕事への集中 | 言語化された手順は、人にもAIにも引き継げる |
どちらの実例も、取り組みの本体はAIではなく仕組み化です。しかし、仕組み化が済んだ会社にとって、AIは急に現実的な選択肢になります。整理された社内情報があれば、それを参照して答えるAIが作れます。言語化された手順と判断基準があれば、それをAIへの指示書に書き換えて、業務の一部を任せることができます。私たちは自社でも、外注していた調査資料の作成をこの考え方でAIに移し、外注費を大幅に縮小する契約切り替えを実現しました。その経緯は1本目の記事に書いたとおりです。
逆に言えば、仕組み化を飛ばしてAIだけを導入すると、参照する情報も指示する手順もないまま、AIに丸投げする形になります。それは属人化の解消ではなく、責任の所在があいまいな新しいブラックボックスを一つ増やすことになりかねません。
自社で始めるための3ステップ
最後に、属人化の解消に取り組みたい方のために、私たちの経験から言える進め方を3つのステップにまとめます。
| ステップ | やること | ポイント |
|---|---|---|
| 1. 業務と情報の棚卸し | どの業務が誰に依存しているか、その業務の情報はどこにあるかを一覧にする | 全部を対象にしない。依存度が高く、止まると影響が大きい業務から |
| 2. 情報の地図づくり | 業務の入口となる場所を一つ定め、散らばった情報を紐づける | ツール選定より動線設計。仕事の流れの中で開かれ、書き足される場所に |
| 3. 判断の言語化 | ベテランの判断基準を、手順書と判断基準の形で文書にする | なぜそう判断するのかを問う。言語化できた業務からAI活用の候補になる |
ステップ1の棚卸しでは、依存度の高さと、止まったときの影響の大きさという2つの軸で業務を並べてみることを勧めます。すべてを一度に解消しようとせず、最初の対象を1つか2つに絞ることが、結局は近道になります。範囲を欲張った取り組みほど、どれも中途半端なまま止まってしまうというのが、私たちが見てきた失敗の共通形だからです。
ステップ2で大切なのは、新しいツールの導入を前提にしないことです。すでに社内で使われているグループウェアやファイルサーバーの整理で足りる場合もあれば、新しい基盤を作ったほうが早い場合もあり、それは既存の資産と業務の流れを見てから決めればよい判断です。ツールは目的ではなく、情報が業務の動線に乗るための手段にすぎません。
ステップ3の言語化は、本人に書いてもらおうとすると案外進みません。ベテランにとって自分の判断は当たり前すぎて、何が暗黙知なのかを自覚しにくいからです。私たちの経験では、第三者が聞き手になり、なぜその順番なのか、なぜその相手にはそう対応するのかと問いを重ねて引き出すほうが、文書化は着実に進みます。
順番には意味があります。棚卸しをせずに地図を作ると、優先順位のない巨大な倉庫ができます。地図がないまま判断の言語化を始めると、書いた文書の置き場所がなく、使われないマニュアルが増えます。そして3つが揃ったとき、AIという選択肢が初めて、地に足のついた投資対象になります。
留意点も添えておきます。この進め方は、私たちの支援経験と自社実践から導いたものであり、どの会社でも同じ期間・同じ成果で進むことを保証するものではありません。特に判断の言語化は、ベテランの協力と一定の時間を要する地道な工程です。一方で、この工程を経ずに属人化が解消された例を、私たちはまだ知りません。
まとめ
本稿の要点を振り返ります。
- 属人化には、情報の属人化と判断の属人化という2つの層があり、打ち手が異なります
- ツールやAIの導入を出発点にすると、多くの場合つまずきます。入れ物より先に、情報の動線と判断の言語化という仕組み化が必要です
- 公開されている電気工事会社の事例は、情報の置き場所と動線を設計し直すことで、探す時間と確認の連絡を減らした好例です
- 私たちが支援したファブレスメーカーでは、判断基準の言語化と業務の仕分けにより、標準化した業務は人件費の低い体制へ移管し、社員は判断・マネジメント・緊急対応に専念。受発注業務は30名から10名の体制になり、生産性は3倍になりました
- AIの出番は仕組み化の後です。整理された情報と言語化された手順は、そのままAI活用の土台になります
属人化の解消は、ベテランの価値を奪う取り組みではありません。その人の頭の中にある知恵を、会社が長く使える形に変えて残す取り組みです。だからこそ、急がば回れの順番で進める価値があります。
OptUpは、仙台を拠点にAI導入・業務改善・事業開発の実行支援を行うコンサルティング会社です。業務の棚卸しから、ナレッジ基盤の設計・実装、AIへの業務移行まで、動く仕組みを作るところまで伴走します。自社のどの業務から手を付けるべきか整理したいという段階のご相談も、お問い合わせからお受けしています。
よくある質問
属人化の解消に、AIはすぐに使えますか?
使える場面は限られます。AIが力を発揮するのは、情報が整理され、業務の手順と判断基準が言語化されてからです。散らかった情報と暗黙知のままAIを導入しても、参照すべき正しい情報がないため、期待した答えは返ってきません。私たちは、情報と手順の仕組み化を先に行うことを勧めています。
マニュアルを作ったのに使われません。何が問題なのでしょうか?
マニュアルが日常業務の動線から外れた場所にあることが主な原因です。作ること自体が目的になり、更新されず、探しても見つからない状態では定着しません。業務の入口となる場所に情報を集約し、仕事の流れの中で自然に参照・記録される設計に変えることが解決の方向です。
属人化の解消は、何から始めればよいですか?
業務と情報の棚卸しから始めることを勧めます。どの業務が誰に依存しているか、その業務の情報はどこにあるかを一覧にするだけで、手を付ける優先順位が見えてきます。そのうえで、情報の置き場所を一つに定め、ベテランの判断基準を言語化する、という順番が私たちの経験では現実的でした。
